先日、祖母が倒れたとの連絡があり、搬送された病院へ向かいました。海辺に建つ小さな病院を2階に上がった病室の窓からは海が見渡せます。もう9月だというのに夏真っ盛りと言わんばかりに青々とした空にきらきらと青い海。病室から覗くにしてはあまりにも生命力に満ちた風景にふと宮沢賢治の詩を思い出しました。
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眼にて云ふ
だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。
(底本:「宮沢賢治全集2」ちくま文庫、筑摩書房)
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見舞った祖母は幸い大事には至らず、肌つやもよくかなり快復した様子でした。検査結果も良好ですぐに退院できるとのこと。ひと時病室から覗いた青い海の景色を、またいつか思い出すかもしれません。